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ジョン・アーヴィングの児童文学

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『未亡人の一年』の中で登場人物テッド・コールに書かせた
アーヴィングの珍しい児童向けのお話です。
原作では娘ルースの感想などを交えてありますが、それを省いて抜粋しました。



壁のあいだをはうネズミ
床にあるドア
誰かが音をたてないようにしているような音



「壁のあいだをはうネズミ」
  ある晩のことです。トムはある音を聞きました。

  トムは目を覚ましましたが、ティムは目を覚ましませんでした。真夜中のことです。
「聞こえた?」
トムは弟にたずねました。でもティムはほんの二つで、起きているときもあんまりしゃべりませんでした。

  トムはお父さんを起こしてききました。
「あの音聞こえた?」
「どんな音だい?」
お父さんはたずねました。
「手も足もない怪物みたいな音。でも、動こうとしてるんだ」
トムは言いました。
「手も足もなくて、どうやって動くんだい?」
お父さんはたずねました。
「毛皮の下で、くねくねすべるんだ」
「えっ、毛皮?」お父さんはたずねました。
「歯で体をひきずって進むの」
トムは言いました。
「歯もあるんだ!」
お父さんは叫びました。
「言ったでしょ──怪物なんだよ!」
トムは言いました。
「だけど、おまえはいったいどんな音で目を覚ましたんだい?」
お父さんはたずねました。
「クロゼットの中でママのドレスが動き出して、ハンガーから下りようとしてもがいてるみたいな音」
トムが言いました。

 「おまえの部屋にもどって、その音を聞いてみよう」
トムのお父さんは言いました。
そこではまだティムが眠っていて──音を聞いていませんでした。 それはまるで、ベッドの下の床板から誰かが釘を引き抜いているような音でした。 それはまるで、犬がドアを開けようとしているような音でした。 濡れた口ではドアノブをちゃんとくわえられないのに、 それでも犬はやめようとしない──結局犬は入ってくるんだ、とトムは思いました。 それは幽霊が屋根裏部屋で、台所から盗んだピーナツを落としているような音でした。

 「また音が聞こえた!」
トムはお父さんにささやきました。
「聞いた?」
今度はティムも目を覚ましました。 それはまるで、ベッドの頭板のなかになにかが閉じ込められているような音でした。 板を食いやぶって外に出ようとしている──かじって木に穴をあけている音でした。

  それは、濡れた分厚い毛皮をひきずっている手足のない怪物の音にしがいない、とトムは思いました。
「怪物だよ!」
トムは叫びました。
「ネズミが壁のあいだをはってるだけだよ」
お父さんは言いました。

  ティムは金切り声をあげました。彼は「ネズミ」がなんなのか知らなかったのです。 濡れた厚い毛皮に覆われていて──手足がなく──壁のあいだをはっているものを思い浮かべて、 ティムは怖くなりました。いったいどうやってそんなものが壁のあいだに入ったのでしょう?

  でも、トムはお父さんにたずねました。
「なんだ。ネズミなの?」

  お父さんが壁をドンと叩くと、ネズミが逃げる音がしました。
「もしまた来たら」彼はトムとティムに言いました。「壁を叩けばいい」
「壁のあいだをはってるネズミ!」
トムは言いました。「そうだったんだ」
彼はすぐに眠ってしまいました。お父さんもベッドに戻って眠りにつきました。 でもティムは一晩じゅう起きていました。ティムはネズミがなんなのか知りませんでしたし、 なにかが壁のあいだをはってもどってきたときに起きていたかったのです。 ネズミが壁のあいだをはう音を聞いたと思うたびに、ティムは手で壁を叩きました。 するとネズミはあわてて逃げました──手も足もないのに、濡れた分厚い毛皮をひきずって。

  これでおしまい。



「床にあるドア」


 自分がこの世に生まれてきたいのかどうかわからない、小さな男の子がいました。

 この子に生まれてきてほしいのか、男の子のママもわかりませんでした。

 それは、二人が湖に浮かぶ島の森の中の丸太小屋に住んでいたから──あたりに誰も住んでいなかったからでした。 そして小屋の床にはドアがありました。

 床にあるドアの下にいるものを、小さな男の子もママも恐れていました。 遠い昔のあるとき、クリスマスに子ども達がこの小屋を訪れたことがありました。 でも、床のドアを開けたその子達は小屋の下の穴に消え、 その子達のプレゼントもいっしょに消えてしまいました。

 一度、ママがその子達を探そうとしたことがありましたが、 床のドアを開けると、とても恐ろしい音が聞こえてきたので、 ママの髪は真っ白になり、まるで幽霊のようになってしまいました。 ママからはとてもいやな臭いがして、肌は干しブドウのようにシワシワになりました。 彼女の肌がすべすべになり髪がもとにもどるまで、まるまる一年かかりました。 床にあるドアを開けたとき、ママは怖くてもう二度と見たくないものを見てしまいました。 それは蛇のようで、体をちぢめてドアと床のすきまから── ドアが閉まっていたとしても──こっそり入ってきて、 それからものすごく大きくなり、殻を背負っている大きなカタツムリのように小屋を背中にかつぐこともできるようなものでした。

 だからママは、湖に浮かぶ島の森にある丸太小屋で──しかもあたりには誰も住んでいないのです──自分は小さな男の子に出てきてほしいのかしらと思い悩みなした。とくに、床下にいるもののことを考えると、悩みはつのりました。それからママはこう思いました。
「いいわ。床にあるドアを開けるなって言えばいいんだもの!」

 ママがそう思うのは簡単なことでした。でも小さな男の子は? 彼はまだ床にはドアがあり、あたりに誰もいない世界に生まれてきたいかどうかわかりませんでした。 でも、森や島や湖には、美しいものがいくらかいました。

 とにかく生まれてみたらどうだろう?小さな男の子は思いました。そして彼は生まれました。彼はとても幸せでした。ママもまた、ふたたび幸せになりました。もっとも一日に最低一度は、こう男の子に言い聞かせていましたが。

「けっして、けっして──絶対、絶対、絶対に──床のドアを開けてはだめよ!」

だけどもちろん、彼はただの小さな男の子でした。 もし男の子なら、そんなドアを開けたくならないわけがありません。

 これでおしまい。



「誰かが音をたてないようにしているような音」


 子どもの2倍の大きさがあるモグラを想像してみてください。このモグラは人間のように後ろ足で立って歩きました。 だからモグラ男と呼ばれていたのです。ぶかぶかのズボンをはいていたので、しっぽは見えませんでした。 足には古びたテニスシューズをはいていたので、すばやく静かに動けました。

 モグラ男の仕事は、小さな女の子をさらうことでした。女の子をつかまえて、地面の下にいっしょに連れていくのが好きでした。 モグラ男は、女の子を1、2週間そのままつかまえておきました。女の子たちは地面の下がきらいでした。 モグラ男が女の子たちを話してやるときには、女の子たちの耳や目に土がいっぱい詰まっていました── 髪もミミズみたいなにおいがして、十日間洗い続けなければ、そのにおいは消えませんでした。

 モグラ男は目が見えませんでした。耳もすごく小さくて頭に埋もれていました。 彼には小さなこんなのこが見えませんでしたし、女の子のたてる音もほとんど聞こえませんでした。 でも、星型の鼻で女の子のにおいをかぐことはできました──とくに、女の子が一人ぼっちでいるときには。 彼の毛皮はとてもなめらかでした──ひっかかることもなく、どちらの方向にもなでつけられました。すぐそばにモグラ男が立っていると、 小さな女の子たちは彼の毛皮にさわらずにはいられませんでした。そしてもちろん、モグラ男は女の子に気づきました。

 ルーシーとパパは晩ごはんを食べ終わりました。パパが言いました。
「アイスクリームがないんだよ。ルーシーがテーブルの上のお皿を片付けてくれたら、 パパ、お店に行ってアイスクリームを買ってこようと思うんだけど」
「いいよ、パパ」
ルーシーは言いました。

 でもそれは、ルーシーとモグラ男が家のなかで二人っきりになるということでした。 ルーシーはパパがいなくなるまで、モグラ男が食堂にいることに気づきませんでした。

 ルーシーはナイフやフォークを落さないように気をつけました。モグラにもそれくらい大きな音なら聞こえたからです。ルーシーにはモグラ男が見えましたが、モグラ男にはルーシーは見えないということを彼女は知っていました。ルーシーはまず、まっすぐにごみ箱へ行きました。古い卵の殻やコーヒーのだしがらを髪にくっつけて、小さい女の子みたいなにおいがしないようにしたのです。でも、モグラ男には卵の殻がカチャカチャ割れる音が聞こえました。それに、モグラ男はコーヒーのだしがらのにおいが好きでした。ミミズみたいなにおいだ!モグラ男はこう思って、鼻をくんくんさせながら、ルーシーのほうにどんどんどんどん近づいてきました。

 ルーシーは急いで2階にのぼりました。コーヒーのだしがらと卵の殻を落さなくてはなりませんでした。こんどはパパみたいなにおいをつけようと思ったのです!だから、パパのまだ洗ってない洋服を着て、シェービングクリームを髪につけました。パパの靴の裏を自分の顔にこすりつけたりもしました。でも、それはまずかったとすぐに気づきました。モグラは土が好きなのですから。ルーシーは土をこすりおとし、シェービングクリームをもっとたくさんつけました。ルーシーは大あわてでした──モグラ男に2階でつかまったら、とっても大変ですから。そしてルーシーは、階段にいるモグラ男の横をこっそりすりぬけようとしました。

 大人みたいなにおいがしたので、モグラ男は体を小さくしてよけました。でもルーシーは、鼻の先についたシェービングクリームのせいで、くしゃみがしたくなりました。モグラ男にだって、くしゃみの音は聞こえます。ルーシーは3度くしゃみをこらえました。けっして楽しいことではありません──耳が気持ち悪くなります。ルーシーが小さな音をたてるたびに、モグラ男にはかすかになにかが聞こえました。彼はルーシーのほうに頭を向けました。

 なんの音だろう?モグラ男は考えました。おれにも外につきでた耳があればいいのに!聞こえたのは、誰かが音を立てないようにしているような音です。モグラ男は耳をすましつづけました。鼻もくんくんしつづけました。ルーシーは動けなくなりました。ただそこに立って、くしゃみをこらえていました。ルーシーはモグラ男に触るのも一生懸命がまんしました。モグラ男の毛皮はとってもなめらかそうでした!

 いったいなんのにおいだろう?モグラ男は考え続けました。おやおや、この大人は服を着替えなきゃならないぞ!でも彼は1日に3回もひげをそったにちがいない。それに、靴の底をさわったようだ。卵も割ったらしい──コーヒーもこぼしたみたいだ。めちゃくちゃだ!モグラ男は思いました。でも、こんなにいろんなにおいがしても、どこかに、小さな女の子が一人ぼっちでいるみたいなにおいがしました。モブラ男はルーシーのベビーパウダーのにおいをかぎつけたのです。モグラ男は思いました。お風呂に入ったあと、女の子はベビーパウダーをわきの下と足の指のあいだにつけたんだな。これはモグラ男が、小さな女の子が大好きな理由でした。

 モグラ男の毛皮はほんとにやわらかそう、わたし、気絶しちゃいそうだわ──それともくしゃみしちゃうかも、とルーシーは思いました。

 「パパだよ──ただいま!」
ルーシーのパパは叫びました。
「アイス、2種類買ってきたよ!」

 ルーシーはくしゃみをしました。ルーシーがつけていたシェービングクリームが飛んで、モグラ男にかかりました。モグラ男はシェービングクリームが大嫌いでした。それに、目が見えないので、うまく走れません。モグラ男は階段のいちばん下にある、てすりの柱にぶつかりました。玄関のコートかけのうしろにまた隠れようとしましたが、ルーシーのパパはモグラ男を見つけて、ぶかぶかズボンのおしりを捕まえました。ズボンの上からしっぽをつかんで、玄関から放り出しました。

 そのあとで、ルーシーはごほうびをもらいました。アイスクリームを2種類いっぺんに食べながらお風呂に入ってもいいと言われたのです。だって、汚れた洋服とシェービングクリームと卵の殻とコーヒーのだしがらのにおい──とちょっぴりベビーパウダーのにおい──をさせながら、ベッドにはいっちゃいけないでしょう?小さな女の子は、ベビーパウダーのにおいをぷんぷんさせてベッドに入らなくちゃいけないのです。そのほかのにおいはいけません。

 これでおしまい。











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